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欠刻葉の誘惑 [taxonomy]


 皆さんは定説のように囁かれていることが、意外と根拠の薄いものと分かり唖然とした経験はないだろうか。(昨年来毎日テレビで『専門家(何の?)』がそんなことを言っているので、例に事欠かない状態ではあるが)例えばアミメニシキヘビは全長9.9mというもっともらしい(そういう記録があったと思わせぶりな)数字は、実はアバウトな30㌳という記述を翻訳したものだったとか、カランコエでは毎度こき下ろしているクローンコエがラクシフローラ(胡蝶の舞)とシコロベンケイの交配種という某氏の妄想に基づく風説もそんな好例だ。
 有名な文献を信じて誰かが適当な引用をし、それを更に孫引きした情報が世に溢れかえっている状況の中で、上記のような例は枚挙に暇がないであろう。私も多くの論文に引用されている大元の文献を当たったところ、根拠も示さずさらりと断定的に記述してあるだけだったという経験が幾つもある。

 さて、話は変わって個人的に子宝草以外に木本性カランコエや欠刻葉の種も好みである。欠刻葉とは当ブログでも何度か使っている言葉で、モミジやカエデのような切れ込みがある葉のことだ。木本性は分類学的に言えばLanigeraeグループとIntegrifoliaグループにまとまるが、欠刻葉の種は様々なグループに見られ分類学的なまとまりはない。なので取りあえずリュウキュウベンケイソウKalanchoe spathulataのグループに絞った興味に自粛したいと思う。
 この仲間で欠刻葉を持つ種、あるいは欠刻葉を持つ個体群がある種としてはリュウキュウベンケイソウKalanchoe spathulata、ガランビトウロウソウK. (spathulata var.) garambiensis、ヒメトウロウソウK. ceratophylla、ラキニアータK. laciniataがあげられる。このうちラキニアータはアフリカ南部から東アフリカを通り、アラビア半島まで広域に分布している。インドやタイにも分布しているとする文献もあるが、インドはともかくタイのものはヒメトウロウソウの誤認であろう。インド産の生体写真は見たことがなくて、本当にラキニアータなのかは不明確である。

 ヒメトウロウソウはラキニアータと区別されずに、1821年から1982年まで十把一絡げに扱われていた。少なくともインドシナ半島から中国南部、フィリピン、台湾にかけて分布している欠刻葉で黄花の種で、Ohba(2003)によりベトナムとラオスのものは別変種K. ceratophylla var. indochiensisとされた。原記載とタイプ標本を見ると分岐した花序の側枝が長いのが特徴とされるが、それだけだと基変種との差が良く分からなかった。
 リュウキュウベンケイソウとガランビトウロウソウは通常は欠刻葉ではないが、地域個体群によっては欠刻葉のものがある。ガランビトウロウソウについては一昨年、台湾の自生地を訪れたときの話で写真を載せておいた。

 ラキニアータとヒメトウロウソウが別種であると再認識したのはWickens(1982)で、Ohba(2003)はそれが必ずしも十分な研究とは言えず、調査の余地を示唆している。しかしながら一般的にWickens(1982)の論文が結論(意見?)だけ支持されたようになっていて、ラキニアータはアフリカからインドまで分布して花序に繊毛があり、ヒメトウロウソウはより東に分布し花序に繊毛がないとされている。つまり現在に至るまで両種の差はこの1点だけである。そこで気になるのが所謂「冬もみじ」で、これはラキニアータと外見が酷似するが花序には繊毛が生じない。以前これをそのままラキニアータと思っていたが、取りあえず冬もみじに学名を併記するのは止めようと思う。いずれ何らかの結論が出るであろう。
 一方、ヒメトウロウソウの原記載はハワースによるもので(Haworth, 1821)タイプ標本はなくDuncansonによる図が残っている。図のメモには1820年に中国から輸入とあり、中国産の個体をもとに記載された種なのであろう。その後台湾産の個体がK. gracilisとして記載されたが(Hance, 1870)、Wickens(1982)はこれをヒメトウロウソウのシノニムとし、以後何の議論もなくそのままである。Wickens(1982)はその根拠を提示しておらず、シノニムリストに載せているだけである。
 もとが中国産であるからおそらく台湾産と顕著な違いはないものとも思えるが、Hance(1870)が同じ論文で香港産のものを別種として記載しているのが気になる。さらにOhba(2003)はベトナムとラオスのものだけ別変種として記載しているが、同じインドシナ半島のタイ産のヒメトウロウソウが輸入されており、こちらは台湾産のものよりずっと肉厚で、見た目では別物である。

 この仲間、Wickens(1982)とOhba(2003)で結論が出たように扱われているが、実際はまだまだ問題が山積で誰か研究してくれないかと願うばかりである。

タイ産のヒメトウロウソウK. ceratophylla
IMG_4187.JPG

台湾産のヒメトウロウソウK. ceratophylla
gracilis 嘉山IMG_8580.JPG

ラキニアータK. laciniata
laciniata.png

ラキニアータは花序から萼片にかけて繊毛がある
laciniata infl.png

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コメント 3

ねこさん

はじめまして、

コメントの投稿ではないのですが、 この場で失礼します。
私はどこにでも居る普通の植物好きな者です。
一昨年にガランビトウロウソウの実生苗と言うことで入手して栽培していた植物体がありました。

それより遥か以前から、リュウキュウベンケイソウの欠刻と言うことで栽培していた植物体がありました。
小さな挿し穂を10年程前に入手し、翌々年80cm程の大苗で開花しましたが、大半は枯死して幾つか残った枝を挿して栽培していました。
しかしその後は開花する様な苗にはならず、毎年少し成長して冬場に枯れそうになり、春から夏にかけてまた少し成長する様な事を繰り返しているだけでした。
手厚く管理していましたが、先の冬場にとうとうダメになりました。

ガランビトウロウソウで入手した苗とリュウキュウベンケイソウの欠刻は、本当にそうだった見て頂きたいのです。

謎なまま無くしてしまった植物体だけに、あれは何だったのかずっと気になっています。

これ程学術的にカランコエを掘り下げて記述されて、それでいて今ある現物のルーツ、由来や来歴について非常に興味深い事に触れる事が出来るブログは無いと感心、いや脱帽と感動を覚えた次第です。
またコメントを記載されている方のコメントにも、凄さを感じました。

前置きが長くなりましたが、
私のメルアドを記載しましたので、そちらから是非連絡を取って頂きたいと思います。
追って画像をお送りしますので、見て頂けたら幸いです。
by ねこさん (2021-09-09 05:51) 

channa

ねこさん コメント頂いていたのに大変長い間、気づかずにいました。 大変申し訳ございません。先般も長い事失礼してしまった方がいらして、返事は書いたのですが見て頂けなかったかもしれません。 何か失敗していて最近はコメントを頂いてもメールが来ないので、分からなかったのです。御容赦ください。

ねこさんは、21/9/9にもう一つ投稿いただいたSNさんと同じ方ですよね。どうもアドレスが見当たらなかったので、これを見られたら今一度送って頂けないでしょうか。 失礼ながら、宜しくお願い致します。

お褒めの言葉とは裏腹に、まだまだ知識が浅薄ではありますが、ガランビトウロウソウの方は見れば分かるかもしれません。リュウキュウベンケイソウは分布が広くて変異も大きいことから、あまり自信はないです。もし栽培中に開花していたら、花色が黄色だったかどうかも教えて頂けると幸いです。
by channa (2022-01-25 23:15) 

channa

失礼しました。
開花したと書いてありましたね。
焦って間抜けな質問をしてしまいました。
by channa (2022-01-25 23:56) 

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