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錦は二色か [taxonomy]


 最近はそうでもないのかもしれないが、昔はサボテンや多肉植物の斑入りというと「○○錦」という名が付けられていた。緑地に白か黄の斑が入って「錦」というネーミングも過剰だが、斑入りは華やかだという事なのであろう。カランコエもその例に漏れず、胡蝶の舞錦とか唐印錦、ベハレンシス錦、ファリナケア錦などいくつかあるが、何故か元の植物と違う種の斑入りに「錦」を付けた非常にわかりにくいネーミングとなっている。例外的に月兎耳錦と不死鳥錦は本当に月兎耳と不死鳥の斑入りである。
 というわけで、今回は不死鳥錦について考えてみたい。



 不死鳥錦は園芸品種なので、まずはICNのサイトで調べてみる。ICNはベンケイソウ科の栽培品種のセミオフィシャルな登録機関として機能しているようなので、学名はここのものに従うことにする。不死鳥錦を確認する為Kalanchoe x houghtoniiの項を見ると、品種としてKalanchoe x houghtonii 'Pink Butterflies'とKalanchoe x hougtonii 'Pink Teeth’の2つが載っている。'Pink Teeth’はこの前紹介したShtein et. al.(2021)の論文で、'Pink Butterflies'のリネームとして決着がついている(つまり両者は同じもの)。従って不死鳥錦の栽培品種としての「学名」はKalanchoe x houghtonii 'Pink Butterflies'ということになる。


 そもそもICNやShtein et. al.(2021)で取り上げたこれらの品種名を別物として世に吹聴したのはShaw(2008)である。この論文(と呼べるのか?)で同じ品種(つまり不死鳥錦)を(疑問を残しつつも)3つの名で紹介しており、以下のように記している (以下、直訳) 。
■‘Fujicho’(「不死鳥」の意)、広瀬・横井(1998: 154, no.805、K.tubifloraとして)。 白~ピンクの葉縁と赤い不定芽。‘Pink Butterflies’と同じかもしれない。 
■‘Pink Butterflies’Mak(2003)で命名。“‘Hybrida’variegated”として頒布され、Steve Jankalski によって ISI Plant List 2006にて‘Pink Sparkler’とも名付けられた斑入りクローン。日本の‘Fujicho’(上記参照)との違いは疑わしい。どちらのクローンもクロロフィルを欠いた不定芽を生成するため、挿し穂から繁殖させる必要がある。
■‘Pink Teeth’緑色の葉を持つクローンで、低温では葉縁がピンク色になる。不定芽もピンク色になるが、クロロフィルは保持される。アメリカのGlasshouse Works Nursery.で栽培されている。


 補足するとISI Plant List 2006 で提唱された‘Pink Sparkler’の名は、翌年2007年にISIの記事で‘Pink Butterflies’に先取り権があるとして却下された。また‘Pink Teeth’でShawは「低温では葉縁がピンク色になる」と書いているが、Glasshouse Works Nursery.のHPでは「極度に高温になると斑が消えてしまう」と表現している。
しかし腑に落ちないのは、ISIもICNも‘Pink Butterflies’を採用しているが、先取り権というなら1998年の‘Fujicho’の方が出版された名として古い。‘Pink Butterflies’の名が出版されたのは、MAK, Chi-King, Harry(2003):Photo album of succulents in colorと言っているが正式には香港で出版された麥志景の「彩色多肉植物圖鑑 (第三輯)」である。この本を持っていないので、中国名は何と書いてあったのか分からない。例えば「粉紅胡蝶」などの直訳的な名前でネット検索しても出てこない。
一方‘Fujicho’はHirose, Y. & Yokoi, M. (1998):Variegated plants in colorと紹介され、原題は広瀬嘉道・横井政人「斑入植物集」である。残念なことにこの本では不死鳥錦をキンチョウの斑入りと勘違いしている。もっと残念なのは「ふしちょう」を「フジチョウ」と誤読していることだ。ある意味こんな名が世界に広まらなくてよかったかもしれない。
 ‘Pink Butterflies’の名は世界的な共通名になったが、皮肉なことに現在の中国では「不死鸟锦」もしくは「錦蝶落地生根」と呼ばれている。


 ここで一つ謎が残る。不死鳥錦はどこで作出されたのかということである。国内では80年代から知られていたので、もしかすると日本生まれかもしれない。しかし1989年の園芸植物大辞典(小学館)ではブリオフィルム・ヴァリエガツムとして紹介されていることと、そもそも‘Hybrida’(Kalanchoe x houghtonii Morphotype B)の斑入りなので、それが作出された米国で発生したものとも考えられる。しかしそれにしてはISIで米国に広められたのが2003年とは遅すぎる(Glasshouse Works Nursery.の‘Pink Teeth’はもっと早くから販売していたかもしれない)。
真実は何処に?


MAK, Chi-King, Harry(2003)の書影
彩色多肉植物図鑑.png


Hirose, Y. & Yokoi, M. (1998)の書影と不死鳥錦説明部分
IMG_1733.JPG
斑入植物集 2022-11-25.jpg

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