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所は何処、シコロベンケイ [others]

 前回は一般的な種であるシコロベンケイKalanchoe daigremontianaが野生植物としては絶滅危惧種であったという、たいていの人にはどうでも良いが一部の人間にとっては衝撃的な内容の頭出しをした。また文献と標本から知られる採集地は下記の5ヶ所であり、このうち最後のIsaloとMakayは山地であるため、具体的な地名としては3ヶ所しかないということを述べた。
Mont Androhibolava (Onilahy)
Marosavoha (Onilahy)
Fiherena(na) river 
Isalo
Makay


 では具体的にその産地について見てみよう。前回述べたように具体的な産地名としては3ヶ所が知られている。しかし現在の地図上では正確な位置を知るのは難しく、仕方ないので大体の場所を地図にプロットしてみると、下記のようになる。地図の下半分を横切っているのがオニラヒOnilahy川で、シコロベンケイはトリアラからオニラヒ川流域に分布しているようである。実は前回の紹介論文の最後に、編集者がSaint Augustin近くと更にオニラヒ川上流40Kmの地点でシコロベンケイを発見したとの短報が付加されていた。いずれにしろトリアラからオニラヒ川流域であることには違いない。


【オニラヒ川流域の自生地】
 daigremontiana localities.png

 続けて記事ではIUCNのレッドリストの記述を紹介し、それによるとシコロベンケイがマダガスカルの固有種でトリアラ州 (Atsimo Andrefana 地域) の海抜 200 ~ 315 m の間、Fiherenana 川渓谷とベネニトラ周辺でのみ知られる。 そしてこの種には 3 つの亜集団が知られている「絶滅危惧種」と考えられているとある。 また最新の採集は1928年にHumbert & Swingle によるFiherenana渓谷の近くで、それ以来野生で採集されていないとしている。この記述は少し大げさなのだが、現在世界で栽培されているもののルーツがHumbert & Swingleが1928年に持ち帰ったものというのは定説のようである。


 さてその後記事ではイサルISALOでの分布について、キンチョウやクローンコエとシコロベンケイの分布が重なっていると書いている。イサルにキンチョウが自生しているかいないかはよく分からないが、クローンコエのルーツがイサルであることは、アンツカイ樹林公園長であった故Herman Germain Petignat氏の情報で知られている。しかしここにシコロベンケイも分布しているかというと、原記載以外に記録はない。このCristini(2020)の記事の翌年出た論文Shtein et. al.(2021)によると、Perrier de la Bâthieが当時知られていなかったクローンコエとシコロベンケイを混同した可能性も否定できないとしている。勿論、実際にシコロベンケイが見つかった可能性も皆無ではないが、イサルはオニラヒ川の自生地から北方100Km離れており、またマカイMakayの南方150Kmに位置している。これだけ離れた場所に自生していなくてもおかしくはない。


【シコロベンケイ原記載にある自生地の位置関係】
daigremontiana 位置関係.png 

 しかし上記を読んでマカイMakayからもオニラヒ川からも離れているからイサルの分布はおかしい、という論調は変だと気付く人も多いだろう。マカイとオニラヒ川流域でシコロベンケイが見つかっているとすれば、相当広域分布しているということであってその間に位置するイサルの分布がおかしいということにはならないであろう、と考えられるからだ。実はここにShtein et. al.(2021)で触れられていない陥穽がある。その少し前に出版された論文(Smith & Shtein, 2021 : https://doi.org/10.11646/phytotaxa.494.2.8)にて本文でこそ明確に述べられていないものの、予告編的にマカイのシコロベンケイが別ものではないかということが示唆されている(ように思える)。かなり微妙な言い回しだが、その点は汲んでほしい


 さて、結論としてシコロベンケイはマダガスカルでは限られた場所からしか知られていない絶滅危惧種で、その分布として確かなのはトリアラ周辺からオニラヒ川流域ということである。今現在各国で見られるのは、まずほとんどがトリアラの北に位置するFiherenana川で採集された個体の子孫である。そしてその個体群のものは(これは私の個人的な感想であるが、)オニラヒ川流域のものとは若干違いがあるように思える。


一般的にみられるシコロベンケイ
コダカラベンケイIMG_3214.JPG
オニラヒ川流域タイプ
IMG_2892.JPG

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シコロベンケイのバラード [others]

 「嘘も100回言えば真実となる」法則はこの3年間の経験でよく理解できたと思うが、カランコエの世界でもそれより以前から間違いがまかり通っている。当ブログでも何度となく皮肉っている例で言うと、シコロベンケイの標準和名がコダカラベンケイソウなのだが、子宝草Kalanchoe laetivirensのことをコダカラベンケイソウと呼ぶことが多発するに及び誤認が定着してしまった。甚だしくは娘が中学生の時の教科書にも子宝草がコダカラベンケイソウとして扱われていたし、NHKの植物番組でも専門家の先生が思い切り間違っていた。こんな初歩的なことも巷では間違って流布されている現状がある。


さて、話は変わって、ペットとして人気のあるゴールデンハムスターは学術的に捕獲されたことは数度しかなく、現在飼育されているものは1930年に捕獲されたものの子孫である。生息地のシリアが危険な地域のため、野生個体群の研究が進んでいないとされる。またアホロートル(アンビストマ科の幼生成熟個体)の形態でよく売られているメキシコサラマンダーAmbystoma mexicanumも元の生息地であるメキシコのソチミルコ湖はほとんど消失してしまい、残った湿地や河川に細々と残っている程度だという。故にワシントン条約発足当初から付属書Ⅱにリストアップされていた。
 要するに何が言いたいかというと、絶滅危惧種が飼育下ではごく一般的なものだったりする事象があるということだ。シコロベンケイKalanchoe daigremontianaもそんな例のひとつである。オーストラリアや合衆国(の一部)、南アフリカをはじめとする世界各地の温暖な地域に帰化しているとはいえ、天然分布のマダガスカルでは絶滅危惧種とされているのだ。もっとも園芸の世界でも本来の和名のコダカラベンケイソウという名称共々クローンコエに取って代わられ、やはり絶滅危惧なのかもしれない。欧米もことは同じで姿の似たホートニィのMorphotype Aにすり替えられている最中である。


 多肉植物にやや詳しい人は誰でも知っているシコロベンケイではあるが、マダガスカルのどこに自生しているのかまで把握している人は少ないようだ。そんな疑問に答える記事がこちらである。
Cristini, M., 2020. The distribution of Kalanchoe daigremontiana Raym.-Hamet & H.Perrier in Madagascar. CactusWorld 38 (4): 309–313.
 British Cactus and Succulent Societyの会誌に載ったこの記事は、知られざるシコロベンケイの故郷について文献的な考察を述べたものである。内容をざっくり紹介してみたい。

シコロベンケイの原記載であるHamet, R & Perrier de la Bâthie (1914)には産地として4つの地名が上がっている。
Mont Androhibolava (Onilahy)
Marosavoha (Onilahy)
Isalo
Makay


実際に原記載を確認すると確かに4ヶ所連記してある
2023-03-27 201344.png
 
 次にマダガスカルの子宝草研究には欠かせない Boiteau & Mannoni(1949)には
Fiherena(na) river 
の名があり、ここでは1924年にPerrierが、1928年にはHumbert & Swingleが本種を採集している。カランコエ研究の定番Boiteau & Allorge-Boiteau (1995)には上記のほかに「南西部の他地域」とあるが具体的な採集地の名はない。
 各々の地名のうちMont Androhibolava とMarosavohaは、別の植物の採集地として他文献にも載っているが微妙にスペルが異なっており、1901年と1954年の地図を参考に確認している。Fiherenana riverはRauh(1998)にも載っているが、本書はシコロとクローンコエを同一視しているので不確かである。IsaloとMakayは山地の名なので、地名としては以上の3地点しか知られていないのが実態である。


というわけでCristini(2020)ではこのあとも話は続き、さらにその後の別の論文で補完と反論があるのだが、今回はシコロベンケイの産地がこれしか知られていなかったという事実だけ認識して次回につなげたい。

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子宝草とつる性カランコエの再編成(後編) [taxonomy]

 前回はRonen Shtein & Gideon F. Smith (2021)のつる性カランコエの論文から正規に記載されたBryophyllum亜属の下位分類を紹介したが、今回は新たに記載されたInvasores節Vilana列の構成種について説明したい。


 Vilana列とは簡単に言うと従来のbeauverdii種群である、つまり黒錦蝶Kalanchoe beauverdiiとして一括りにされてきた植物群である。かなり以前、当ブログで子宝草目録と銘打ってこの仲間を紹介したが、最終的に整理された内容はそれとは異なっている。その時の説明と比較して相違点を解説していくと却って混乱を招くこととなりそうなので、ここでは最新の分類のみを記そうと思う。
 さて今回の再編でKalanchoe beauverdiiは4種に別れ、その他に他列の種との自然交雑種が2種あるのでInvasores節のつる性カランコエは6種となった。Vilana列に話を絞ると、K. beauverdiiが分かれた4種には基変種以外に変種が4種ある(内3変種はこの論文で新変種記載された)ので、分類単位としては4種4変種の規模になった。


 先ず、日本で黒錦蝶と呼ばれるタイプは原記載とタイプ標本を調べるとKalanchoe beauverdiiではなく、K. scandensであることが分かった。マダガスカル南西部に見られ。特筆すべき種内変異は知られていない。K. beauverdiiは緑色の葉を持つ種なので、「黒錦蝶」(これは正式な和名ではなかろう)の学名は今後はK. scandensを使うことになる。
 ではK. beauverdiiはどんなものかというと三角の葉を持つタイプで、マダガスカルの南端の西側に分布する。有名なjueliiはこの種の変種である。この論文より一足先にSmith & Figueiredo(2019)でこの変種を正式に記載しており、有効名がKalanchoe beauverdii var. jueliiとなっていたが、今回は記載されたjueliiがネット上で良く知られるきれいな矢印形の葉のものではなく、鋸歯を多く持つタイプのものであることを明らかにしている。
 これに対し基変種はマダガスカルの南端で見つかっている基本的には苦無(くない)形の葉を持つタイプで、時に葉形は三角形に変化する。そしてもう一つ、ここで新たに記載されたKalanchoe beauverdii var. pertinaxという変種が含まれる。これはハート形の葉(ちょっと言い過ぎ? 腎臓形かな)に葉柄が付いたようなタイプで基
 K. scandens同様に暗色の線形または針形の葉を持ち、多少幅広になるのがKalanchoe guignardiiである。この種は基変種と今回記載されたK. guignardii var. schistosepalaの2変種が知られるが、基変種はこのグループの分布としては特異的にマダガスカル中西部のマハザンガ(マジュンガ)州Manongarivoにて一度発見されたきりである。schistosepalaの方も今のところトリアラ州Ifatyで採集されたのみである。この2者の違いはschistosepalaでは萼片が花冠に密着し、果実の成熟後も心皮は閉じているが、基変種の萼片は花冠に密着せず、種が成熟した心皮は開く等があげられている。


 残る1種、Kalanchoe costantiniiもK. guignardiiと同様に基変種と今回記載されたK. costantinii var. unguiferaの2タクサに分かれる。共にマダガスカル南東部で見られ、緑色の幅広の葉を持つ種である。新変種のunguiferaは基変種に比べ萼筒が四角張り、萼片・花弁が反り返らず内側に曲がる。今回記載されている他変種にも言えることだが、unguiferaは今のところタラウンニャロ(フォール・ドーファン)でのみ採集されているが、今後新たな産地が多く見つかっていくであろう。


 以上がVilana列の面々であるが、その他に列間交雑種として以前より知られていたKalanchoe ×rechingeriとKalanchoe × poincareiの2種のつる性種がある。これらの親種についての考察も述べられていたが、それらはいずれ機会があれば紹介したい。


 きわめて簡単かつ表面的ではあるが、以上、Shtein & Smith (2021)のつる性カランコエのレビジョンでの変更点を紹介した。著者たちは同じ2021年にrosei種群やdaigremontiana種群についても発表しており、子宝草マニアとしてはこれらも内容を整理しておかねばならないと思う。


K. guignardii var. schistosepala
schistsepala IMG_9230.JPG
K. costantinii var. unguifera
unguifera IMG_3416.JPG

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子宝草とつる性カランコエの再編成(前編) [systematics]

  昨年のブログでも触れたように2021年はBryophyllum、それも子宝草の仲間に興味を持つ人間にとっては革命的な年であった。その口火を切ったのはつる性カランコエのレビジョンを扱った下記の論文である。


Ronen Shtein & Gideon F. Smith (2021)
A revision of the climbing kalanchoes (Crassulaceae subfam. Kalanchooideae) of Madagascar including the description of Kalanchoe sect. Invasores and K. ser. Vilana
Phytotaxa 482 (2): 093–120.


 この論文は論題にもあるように、つる性カランコエを扱いながらもBryophyllum亜属の分類体系の再構築に手を付けている。残念ながらこの後の展開はまだ発表されていないが、色々と期待を持たせるような内容である。


 論文での記述の順番からすると逆になるが、先ずはここで提唱された分類体系から説明したい。論文からの引用の前に一旦カランコエ属の下位分類をおさらいすると、従来の3節(Kalanchoe, Bryophyllum, Kitchengia)が今は亜属に上がり、さらに最近記載されたAlataeとFernandesiaeを加えた5亜属となっている。これはあくまで2023年4月時点での情報であるから、今後また亜属の増減があるかもしれない。
 この亜属のうちBryophyllum亜属の下位分類の整理に取り掛かったのがこの論文であるが、従来のBoiteau体系でいうBryophyllum節の下の6亜節(Centrales・Scandentes・Bulbilliferae・Suffrutescentes・Streptanthae・Proliferae)の再編成を提唱している。今回はこのうちの一部に留まるが、Scandentes・Bulbilliferae・Suffrutescentesの3グループがまとめてInvasores節として記載された。
≪註≫Boiteau体系でBryophyllum節(現在は亜属)にはもうひとつEpidendreaeが含まれるが、こちらはAlatae亜属として独立したため、Bryophyllum亜属としては残りの6亜節ということになる。


 Boiteauは1940年代の終わりにScandentes・Bulbilliferae・Suffrutescentesといった分類群を提唱したが、それはその後1995年のBoiteau and Allorge-Boiteauに至るまで分類学上(正確には命名規約上)の有効な記載をしていない(ラテン語の特性記述などがない)ため、マニアが便宜的に使用するには重宝だが正規の分類単位ではなかった。今回記載されたInvasores節はこの3グループを包括するわけであるが、ここに属する種はすべて葉縁に不定芽を形成phyllo-bulbiliferousし、花弁は尖らず、葉は無毛で単葉(深裂することもあり)だが複葉にはならない等の特徴がある。論文中には構成種が列記されているが、このあとに新種記載されたものもあるので後日それらも含めて改めて紹介したい。
 Bryophyllum亜属のBoiteau体系で残りのCentrales・Streptanthae・Proliferaeの3亜節については、今後整理されていくのだと思う。戦後まもなくBoiteauが“Cactus”誌にカランコエの連載をしていた時に葉縁不定芽を生じる仲間についてはProliferaeに至る前に連載が終ってしまった。歴史は繰り返すにならず、(全く個人的な趣味の問題ではあるが)今度はProliferaeについても整理されることを願いたい。


 さてこの論文ではもう一つ、Invasores節に属する中でBoiteau体系のScandentesに当たる部分からKalanchoe schizophylla以外の種をVilana列として記載している。列seriesは節sectionの下位の分類単位である。スキゾフィラK. schizophyllaは散房花序で蜜線の形状、なにより葉縁に不定芽を形成しないことからBryophyllum亜属ではあるもののInvasores節からは外された。勿論その下位のVilana列にも含まれず、この列には黒錦蝶として知られる一群が包括されることになった。
 その内容については次回紹介したい。


視点を変えればスキゾフィラK. schizophyllaは別の分類単位へ飛び立ったとも言えるschizophyllaIMG_5574.JPG

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寒波襲来!! 結晶世界 [cultivation]

 世界各地の気温の変化を見ると上昇しているところもあれば下降しているところもあるが、かつての地球温暖化という言葉が近年は気候変動という言葉にすり替えて表現されているに苦笑してしまう。全体的には温暖化傾向にあるのかもしれないが、1850年代に小氷期が終わった地球が二酸化炭素と関係なくゆっくりと温暖化していくのは道理である。温室効果ガスのせいで温暖化していくのであれば、ノーカーボンなどとケチなことは言わずに温室効果ガスの90%以上を占める水蒸気を何とかしたらどうか。人間の活動と関係ないので、誰かの金儲けのネタにはならないが。。。
 とかいう与太話はさておき、昨年・今年の冬の寒さを思うとカランコ趣味も不安定この上ない。ここ10年ほど冬のベランダの気温を見ているが、大体一冬に3回ほど氷が張る。例外的に2018-19の冬は氷が張らなかったし、翌年もかなり暖冬であった。大体氷が張る時期というのは、1月中旬、1月末、2月上旬の3回が定番である。寒さが厳しかったのは以前ブログにも泣き言を書いた2017-18の冬で、1/13に最初の氷が張り、その後1/24から1/28まで連続5日間氷が張り、その間の最低気温は▲3℃であった。そこで起きた悲劇をここで繰り返し述べることは避けるが、この冬はこれを上回る危機が訪れた。

 2021-22の冬はこの10年で初めて12月に氷が張った。もっと前からの経験も踏まえて、埼玉のこの辺りでは地表で氷結してもマンションのベランダで年内に氷が張ることはなかった。それが一昨年あたりから12月中旬に既に最低気温が0℃に下がるようになった。その代わり3月に入るとかなり温暖になり、下旬に一度寒の戻りがある程度で寒さを脅威と感じなくてすむ状態だ。冬の時期が半月ほどずれてきた感がある。もっとも気候の変化のスパンは数十年単位で見ないと何も言えないであろう。
 そしてこの冬だが、マスコミが「10年に一度の寒波」といういつものようなフレーズで喧伝していたことが本当になった、という奇跡が起きた(皮肉です)。1/24~1/26の3日間に及んで最低気温は氷点下に下がった。1/24の21:00には▲1.5℃に下がり、バケツに氷が張って翌朝は▲4℃以下になった。この10年でも最低の気温である。13:00までは0℃以下が続き、昼も3℃以上に気温は上がらず夜中にはまた0℃を下り翌朝には▲3℃まで下がった。ベランダには5本のフレームを置きビニールで覆っているが、この外気温に長時間さらされたら、内部の温度はどのくらい下がるのか。開けて計るわけにもいかず、天のみぞ知る運に任せるしかなかった。

 不幸中の幸いが2つあり、ひとつは事前に複数の天気予報で予想気温を見ていたのでビニールカバーを4-5枚重ねて、さらに家にあった段ボールで足元を覆って寒さに備えたこと。もうひとつは昼の気温は非常に低いものの、天気は晴れだったことだ。陽光が射せばフレームの中は温度が上がる。おかげでダメージを受けた植物は多かったものの、死滅した種類は比較的少なくて済んだ。

 予備に購入していたフレームのビニールカバーは一気に使い切ってしまったが、今回のような寒波でも何とか切り抜けることが可能ということが分かった。ちなみに寒さに耐えきれず死んでしまったカランコエは、ビニールに張り付くように密着していた交配株やフレームとは別でビニールを2重に掛けただけのプミラである。プミラは零下でも生き延びる種であるが、流石に今年は寒すぎた。また、ディンクラゲイ、ミロティ(本当はミロイと呼ぶのだろうな)、アルボレスケンス、フミフィカ等はダメージが大きかった。しかし置き場所の問題(位置関係)もあるので、一概にこれらが他種よりも寒さに弱いとまでは言い切れない。
 今年は特別な試練の年で、来冬からは緩和されることを切に望みたい。

この気温では氷も厚くなる
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ビニールに張り付いていた交配株や防寒不足のプミラはこんな結果となった
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ツィンギ・ドゥ・ベマラハのカランコエ [others]


 マダガスカルを代表する動植物は日本においてもいくつか有名なものがあるが(バオバブやニチニチソウ、キツネザル、カメレオン、ヒルヤモリ、マンテラ等)、景観となるとムルンダヴァのバオバブの並木道とベマラハ国立公園のツィンギくらいしか知られていないのではないだろうか。ベマラハ国立公園はマダガスカル中西部に位置し、石灰岩が雨に侵食され鋭く尖った針の山のような景観が有名である。これをツィンギ・ドゥ・ベマラハと呼び、アクセスが致命的に悪い地域ではあるが、比較的よく知られた場所である。勿論、というか残念ながらというか、訪れたことはない。
 ツィンギは刃物のように研ぎ澄まされており、同様な地形はマダガスカルの他所でも見られるが、ここは国立公園全体だと15,7000 haといったとてつもない規模である。このカルスト台地では十分な土壌が確保できないため、特殊な植物が見られるようだがカランコエとしては、5種が確認されている。調査が不十分な地域なので、今後も未記載種を含めて多くの種類の存在が確認される可能性は高い。

 さて「確認されている」と書きつつも、私が個人的に文献やネット上で探しただけなのだが、ここのカランコエは、K. boisi、K. antennifera、K. gastonis-bonnieri、K. bogneri、K. humificaの5種が知られている。最初の2種がカランコエ亜属、残りの3種はブリオフィルム亜属で、このうち一般的に知られているのは3番目のガストニス・ボニエリと最後のフミフィカぐらいであろうか。
 ICNの情報によるとK. boisiとK. antenniferaはシノニム疑惑があり、シノニムか同種の別変種であろうとしている。どちらも高さ30cmほどの一年草で、Descoings(2003)の記述ではK. antenniferaの花はオレンジ色としているが、実際に開花させた写真を見ると黄色に近く、K. boisiと同じなのではないかと思える。このK. boisiについては情報が極めて少ないため、残念ながらこれ以上の言及はできない。
K. antenniferaはその原記載(Descoings, 2004)において、産地を単にAfriqueとしか書いていない(コートダジュールのナーセリーから入手でオリジンは不明としている)ため、その3裂の欠刻葉を見てK. lanceolata とK, laciniataの交雑種であると根拠のない風説も流れたが、2018年にイタリアの愛好家がツィンギ・ドゥ・ベマラハでの自生地の写真を公開し、本種がマダガスカル産であると一般に(?? 一部の人々に、が正しいかな)知られることとなった。またDescoingsが突き止めなかった本種のオリジンは1998年に採集されており、その後RauhがKalanchoe lucile-allorgeiとして記載しようとしていたが、結局記載されずに終わっている。


 ブリオフィルム亜属3種のうち、ガストニス・ボニエリK. gastonis-bonnieriについては説明不要であろうが、2変種あるうちのうちどちらかと言えば基変種と思われる。もうひとつフミフィカK. humificaも国内ではそこそこ知られた種である。まだ植物が小さいうち(高さ20cm以下)は葉が黒いので、黒いカランコエとして知られるが育ってくると葉は緑色になる。この種も先のK. antennifera同様1998年に採集され、採集地不明のままDescoingsが2005年に新種記載している。
 最後の1種、ボグネリK. bogneriはRauhが1993年に新種記載している白粉に覆われた種で、花はブリオフィルム亜属の中でも形態的にはセイロンベンケイソウやガストニス・ボニエリの仲間(ここでは暫定的にProliferaeと呼んでおく)に近く、美しい赤色の花筒が特徴的である。葉の形状はセイタカベンケイK. suarezensisにも似るがより短く卵形ともいえる。この種の最大の特徴は、明らかにセイロンベンケイソウの仲間であるのに唯一葉縁不定芽を形成しないことである。より詳しく調べるとProliferaeとは別グループである可能性もある。そういう意味では不定芽の形状が特異的なフミフィカも独立グループかもしれない。


 今分かっているのは、ツィンギ・ドゥ・ベマラハのごく一部ではあるが、今後も驚愕するような新種が発表されることを期待したい。


子宝の出来ない子宝草、カランコエ・ボグネリK. bogneri

bogneri IMG_7952.JPG

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ストレプタンサとセラタ/学名の話題 [taxonomy]

 子宝草ではないが、同じブリオフィルム亜属で個人的に好きな種にストレプタンサKalanchoe streptantha Bakerがある。基本的に黄花の植物と思われているが、葉が短めで赤系の花のタイプも知られている。植物の学名は上記のように属名+種小名+記載者名で表すのが一般的であるが、一般読者向けの書物やブログでは記載者名は省略していることが多い。今回の話題はストレプタンサの記載者名の部分についての話である。園芸の世界でこの手の話はどうでもよいと思われているのか、興味を持つ人も少ないようだ。私は下手の横好きで園芸の世界に片足を突っ込んでいるのだが、元の趣味が動物なので分類学的な研究史と学名の変遷等にはついつい興味を覚えるので、お付き合い願いたい。Smith & Figueiredoの2019年と2021年の論文から拾った話題を紹介したい。

 さて、ストレプタンサは1887年にBakerによって記載され、ホロタイプは王立キュー植物園所蔵でマダガスカル中部産とされるが詳しい産地は不明である。いつものBoiteau & Allorge-Boiteau (1995)を見ると本種の学名はこのように表記されている。
Kalanchoe streptantha (Baker) Baker
そしてシノニムとしては、
Kitchingia streptantha Baker
Bryophyllum streptanthum (Baker) A.Berger
の2件が上げてある。Berger(1930)が本種をBryophyllum属に帰属させたのは確かに412ページに名を見出せるが、Baker(1886(1887))では本種をKitchingia streptanthaの組み合わせで発表していない。このようなミスの一因はJacobsen(1977) (よく参考にされているLexicon)が間違っていることもあるかもしれない。あろうことかDescoings(2003)まで間違いを踏襲してしまっている。

 結論を言うとKitchingia streptantha Bakeの名が本当は存在しないので、ストレプタンサの学名に(Baker)は不要でKalanchoe streptantha Bakerと書くのが正しい。
 因みにstreptasはtwisted、anthosはflowerの意味である。

ストレプタンサKalanchoe streptantha Baker
ストレプタンサ IMG_4920.JPG



 葉の全周が鋸歯に覆われるセラタKalanchoe serrata Mannoni & Boiteauは1947年に記載された。この種は、以前子宝草目録で書いたように他種との混同が甚だしい。それはともかくSNS上にこの種が載ってKalanchoe serrataと書いてあると、それをBryophyllum lauzac-marchaliaeとか訂正するうざいコメントが目立った時期があった。流石に最近はBryophyllumがKalanchoeの下位分類群である認識が定着してきたためなくなったが、当時はB. lauzac-marchaliaeってなんだよ!とイラついたものだった。その辺りの経緯がSmith & Figueiredo(2019)で説明されていたので紹介したい。

 1974年、Lauzac-Marchalは既存のカランコエ属をブリオフィルム属に帰属せしむる論文を発表した。そこでセラタをBryophyllum serratumとしたが、これはBryophyllum serratum Blancoと学名が重複してホモニムとなってしまった(Blanco, 1845)。このBlancoのB. serratumは現在のリュウキュウベンケイソウKalanchoe spathulataとされている。何故それをBryophyllumとしたかは謎である。和名でもカランコエ亜属のアジアの種にガランビトウロウソウとかヒメトウロウソウなどとブリオフィルム亜属(トウロウソウ亜属)の名を付けているので、なんだかなぁとは思う。
 話は戻って、ホモニムとなってしまった為1999年にByaltは置換名としてBryophyllum lauzac-marchaliae V.V. Byaltを提唱した。因みに記載したときは間違えてluzac-marichaliaeと綴っていた。
 現在は再びカランコエ属に戻ったため、上記の名はKalanchoe serrataのシノニムでしかなくなった。私も経緯が理解できて、この論文を読んだ甲斐があった。最近はこのような研究史を辿る論文が時折出版されるので、機会があればまた紹介していきたい。

セラタKalanchoe serrata Mannoni & Boiteau
serrataIMG_6480.JPG

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葉縁不定芽と交雑の方程式 [others]

 タイトルは洒落ただけでここで方程式を提示するわけではないが、子宝草同士の交配と不定芽形成について数少ないサンプルからオハナシを組み立ててみたい。

 カランコエ属の中でもBryophyllum亜属同士の交雑品種はあまり出回っていないが、その中でも(個人的に子宝草と呼んでいる)葉縁不定芽を形成する種の交雑種は更に少なくなる。交雑品種を作出するのは主として花ものが多いため、商売にならない子宝草は交配することもないのだ。とはいえ我々はホートニィや不死鳥Kalanchoe x houghtonii(錦蝶K. tubiflora × シコロベンケイK.daigremontiana)という有名な人為交配の例を知っている。さらに自然交雑種としてマダガスカル南部から南西部にかけて発見された種としては、K. x lokarana, K. x richaudii, K. “Rauhii”, K. x poincarei, K. x rechingeri, K. x descoingsiiという面々が知られている。
 自然界で見つかった交雑種の親植物は(推定ではあるが)どれも子宝草同士と考えられており、それ故これらの植物も全て葉縁不定芽を形成する。と、言い切ってしまいたいがK. x poincareiだけは今までタイプの違う2個体が発見されているに過ぎず、個人的に確認できていない。(でもこれはrosei種群×beauverdii種群と見られるため、まず不定芽形成するとみてよい。)


マダガスカル南東部で見つかったライジンゲリK. x rechingeri(錦蝶K. tubiflora×黒錦蝶複合種K. costantiniiの自然交雑種とされる)
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 人為交配の例としては欧米、中近東、東アジアでの報告や論文があるが、親植物にK. tubiflora, K.daigremontiana, K. laetivirens, K. scandens, K. variifolia, K. perrieri, K. laxiflora, K. fedtschenkoi, K. marnieriana, K. tenuiflora, K. peltigera, K. pinnata, K. suarezensis, K. gastonis-bonnieri, K. “Rauhii”を使用している。そして知っている限りではどれもが葉縁不定芽を形成する。これは系統関係が遠いと考えられるK. pinnataやK. suarezensisの類とBryophyllum亜属のInvasores節との掛け合わせでも同様である。この限定的な例から「葉縁不定芽を形成する種同士の交雑ではF1個体も葉縁不定芽の形成能力がある」と言えそうだ。

 ではBryophyllum亜属とKalanchoe亜属を交配した場合はどうであろうか。個人的な情報のやり取りから得た知見だが、花ものカランコエK. blossfeldiana hybridsやアジア産カランコエとK. scandensの交配結果ではどれも不定芽を形成しない。この手の交配例は他にあまり知らないのだが、論文上の記載やデータを拾ってみよう。まずはポルトガルのResende(1956)ではB.calycinum × B.daigremontianum(今で言えばセイロンベンケイソウ×シコロベンケイ)は葉縁不定芽pseudo-bolbilhosを生じるがK. blossfeldiana × B.daigremontianum(花ものカランコエ×シコロベンケイ)では不定芽bolbilhosの形成能力はないとしている。
 時代は飛んで異節間交雑を扱ったIzumikawa et. al.(2007)でもリュウキュウベンケイソウK.spathulata × ラクシフローラK.laxifloraの交雑結果として、不定芽形成なしとしている。因みに「異節間交雑」と言っているのは、この時期の属下分類単位ではKalanchoeとBryophyllumは節sectionであった(最近になって亜属扱いの方が都合よくなっている)からである。
更に王嘉偉&朱建鏞(2011)でも、花ものカランコエの品種‘Isabella’ × セイロンベンケイソウK. pinnataの異節間交雑の結果として葉縁不定芽(葉緣苗)は「無」としている。以上の結果から「Bryophyllum亜属とKalanchoe亜属を交配した交雑個体には葉縁不定芽の形成能力がない」と現在のところは言っておこう。

 さて、それでは現在Bryophyllum亜属とされる種の中でも不定芽を形成しない種と形成する種の交雑ではどうなるのであろうか。この場合はデータが殆どなく、僅かに私信で例があるに過ぎない。私信情報なのでざっくり言うと、紅提灯K.manginiiとプベスケンスK.pubescensの交配株と考えられているZebediと子宝草の交配例がある。Zebediの親植物については最初にI氏からその見解を示唆され、その後海外からの情報で確信となった。
 K.manginiiとK.pubescens、そしてそれらの交雑品種“Zebedi”とも開花後に花序に不定芽を形成するが、葉縁不定芽は形成しない。これとセイロンベンケイソウK. pinnataやK. “Rauhii”との交雑株が作出され、これらには葉縁不定芽が形成されることが確認されている。これについては色々しがらみがあって詳しくは語れないが、新たな可能性というか煩悩を呼ぶ情報ではある。という訳でこのパターンは「 」付きの見解を保留としたい。

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