バラとローズのエニグマ（前編）

　このブログでも最近度々名前が出るGideon Smith氏は南アフリカのネルソン・マンデラ大学教授で、アフリカ南部の多肉植物の権威と言っても良い存在である。アロエやアフリカ南部のベンケイソウ科のマニアならその名を聞いたことがあると思う。最近はマダガスカル産を含むカランコエ属にも手を伸ばし、多くの成果を発表している。そんな中で気になる論文に目を通していこうと思うのだが、なにしろ300編を超える論文を記している猛者で現在も毎月のように新たな論文を発表しており、後を追うのも容易ではない。なんとか個人的に興味のあるBryophyllum亜属だけでも見ていくと、このところ分類学的に外せない論文が目立っている。順を追って頭を整理していこうと思い、今回はこの論文を取り上げてみた。

Smith et Figueiredo, 2019. Aspects of the nomenclature of four names in Kalanchoe Adans. (Crassulaceae): Kalanchoe rosea C.B.Clarke, K. bouvieri Raym.-Hamet & H. Perrier, K. rosei Raym.-Hamet & H. Perrier,and K. rosea A. Chev. Bradleya 37:133-140.

表題から分かる通り、roseという単語を中心とした4種のカランコエを検証した内容である。内容を簡単に言うとKalanchoe roseaの名を持つ２つのカランコエの素性確認と、よく似た名を持つKalanchoe roseiの精査及びそのシノニムとされているKalanchoe bouvieriの検証である。K. roseaはKalanchoe亜属であるが、Ohba(2003)によればK. spathulata種群とされているのでリュウキュウベンケイソウ好きな私としては興味をそそられる。ちなみにK. roseaの名はローズピンクの花色から取られていると思われる。原記載に名の由来は明記していないが、花色として「rosea」と記載してある。それに対しK. roseiの方は米国の植物学者Joseph Nelson Rose (1862-1928)に由来している。

　さて、論文は最初にインド産のKalanchoe rosea から説明に入る。現在のインド、ナガランド州辺りで採集されたと思われる個体を基に1889年、C.B.Clarkeはピンクの花が咲くカランコエを新種記載した。その時点でベンガル地方から知られていたカランコエは全て黄花であったので、この名にしたのかもしれない。その14年後1903年、Cookeはベンガル地方の2種のカランコエ、Kalanchoe bhideiとKalanchoe olivaceaを記録し、K. bhideiの花は純白（pure white）、K. olivaceaは白く、ときにかすかにピンクがかる（white, sometimes slightly tinged with pink）としている。後者はピンクの花が咲くわけで、原記載の記述（Dalzell et Gibson, 1861）とも一致している。しかしK. olivaceaはK. roseaと違って花序に腺毛があり、両者は地理的にも産地がはなれているので両者は別物である。その後Lexiconで多肉植物愛好家には有名なJacobsenはこれをKalanchoe laciniataのシノニムとしたが、論外である。

　2003年のDescoingsのリストでもK. roseaについては保留扱いであるが、最近メガラヤ州で見つかったカランコエは薄いピンクの花が咲き、K. roseaの産地とも近いのでこれがK. roseaである可能性も高い。但し、現物が入手できない限り同定できないので、この論文では断定は避けている。

　Clarkeは原記載時に図を載せているがタイプ（模式標本）を指定していなかったので、この論文にて原記載のPlate Ⅷの図番をレクトタイプに指定している。さらに1928年にFrank Kingdon WardがKhonoma, Naga Hillsで採集し、王立キュー植物園に保管されていた標本7739番をエピタイプとして指定した。

　という訳でDescoings(2003)が保留としていたK. roseaは独立種としてステイタスが確立された。論文をかいつまんで紹介したのだが、長くなったのでこの話題は分割して後編に続けたい。その前にK. roseaについて個人的な話題に触れようと思う。

Kalanchoe roseaの原記載(1889)