カランコエとブリオフィルム②:カランコエ亜科について [systematics]
【前回からの続きです。】
やっとベンケイソウ科内の話となるが、エングラー体系の一環としてBergerがまとめた1930年のベンケイソウ科の系統では、この科を6亜科に分けている。クラッスラ亜科、カランコエ(リュウキュウベンケイ)亜科、コチレドン亜科、センペルヴィウム(クモノスバンダイソウ)亜科、エケベリア(エチェベリア)亜科、セダム(マンネングサ)亜科の6つで、前3者がクラッスラの系統、後3者がセダムの系統とされ、カランコエ亜科には前に書いたようにKalanchoe、Bryophyllum、Kitchingiaの3属が含まれるとしている。この後はあまり研究が進まなかったのか、クロキンスト体系が主流になっていたであろう我が国でも、この体系が採用されていることがあった(園芸植物大辞典:小学館;1988-89)。
細かい事は省くとして、ベンケイソウ科の系統の次の大きな動きは1998年のHamとt’Hartの論文まで跳ぶ。この論文では葉緑体DNA(cpDNA)の制限部位(制限酵素が塩基列を切断する部位)の変異からベンケイソウ科をクラッスラ亜科(Bergerと同じ)セダム亜科(残りの5亜科を含む)の2亜科に分けた。
これ以前にもUhl(1948)による細胞学的な研究はあるが、ざっと見たところ染色体数から系統を探るような話で核型分析も行っていないため、今となっては参考にならない。
1990年代から21世紀にかけての分子生物学的手法は日進月歩で発達しており、Hamとt’Hartの論文の3年後、2001年には2つの重要な論文が出ている。ひとつはGehrig等(ら)による核DNA(nrDNA)内のスペーサー領域(ITS-1,ITS-2)の塩基置換率を調べた論文。もうひとつはMort等による葉緑体DNA内のmatK遺伝子(イントロン切断酵素をコード)から得た系統関係の論文である。残念ながら前者についてはweb上で要旨を見ただけであるが、結果としてカランコエ属はベンケイソウ科内で(分岐分類学でいう)単系統であること、そして属内に伝統的分類による3節が認められることを述べている。つまりBerger体系でカランコエ亜科に含まれる3属はカランコエ属1属となり、その属内でKalanchoe、Bryophyllum、Kitchingiaの3節が認められるということである。
またこの論文では、Allorge-Boiteauが1996年にカランコエ属の起源をマダガスカルと見たことを裏付ける結果も得られている。
Mort等(2001)の論文では亜科という分類単位を直接いじらず、クレード(の概念)を用いて解析結果を発表しており、ベンケイソウ科を7つのクレードに分けてカランコエ・クレードはカランコエ、コチレドン、チレコドン、アドロミスクスを含んでいる。そしてこの研究からはBryophyllum、Kitchingiaの2属はカランコエ1属に統合されることが強く支持されたとある(但し、今後一層の研究は必要であるというお約束の文章は付いている)。これら2編の論文によりKalanchoe、Bryophyllum、KitchingiaはKalanchoe1属に統合された。
かくして現在の分類基準であるAPGⅢでもカランコエは1属となっている。但し、一般的にその下位レベル(節)でブリオフィルム節は認められている状況である。という訳でこのブログではKalanchoe、Bryophyllum、Kitchingia全てカランコエ1属に帰属するという見解を採用することにした。
AGPⅢ分類表(カランコは1属になっている)
http://www.alpine-plants-jp.com/botanical_name/APG3_Family_Genus_2.html
追記1
2009年に大場秀章先生編著による「植物分類表」が出版されたが、マバリーの体系(APGⅡに準拠)を採用しているためかどうか分からないが、ベンケイソウ科にトウロウソウ属Bryophyllumとカランコエ属Kalanchoeが分かれて載っている。しかしカランコエ属の例として紅提灯K. manginiiを上げてあり、これはブリオフィラム節もしくはキチンギア節であってカランコエ節ではないので矛盾がある。従ってこの大著を元にカランコエ属とトウロウソウ属を別属として扱うのには説得力を感じない。
追記2
カランコエ亜科の研究史をまとめたポーランドのChernetsskyy(2011)によれば、最も適切な扱いはカランコエ属の下にKalanchoe、Bryophyllum、Kitchingiaの3節を設ける事であろうとしている。しかしカランコエ学者ともいうべきDescoingsの2006年の論文では3節でなく3亜属としKitchingiaの代わりにCalophygia亜属を立てている。この論文は仏語なので英文の要旨しか読んでいないので、今はこれ以上突っ込まないことにした。
追記3
カランコエはマダガスカル(旧仏領)に多いためかフランスの学者が主に研究し、文献も圧倒的に仏語で書かれたものが多い(Hamet, Boiteau, Allorge-Boiteau, Descoings他 )。大陸の種を精力的に研究したRaadtsの論文は独語だったりして、私には読めないものが大半で苦労する。そもそも素人にとって植物の記載は日本語でも少し突っ込むと難解なので、英語でも相当難儀している。
加えて植物の新種記載は2012年以前はラテン語だったため、手に負えないのだ。とか言って調べ物が進まないで、ひいてはブログ更新(記事の執筆)がままならない言い訳をそれとなく書いているのであるが...
素晴らしい本なのでありますが
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